> BLOG

村への想いが溢れ出る「山ちゃん弁当」のUターン山本さん

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

山本義樹さん
地区名:本郷地区
移住年(Uターン):2016年

今回は「Uターン」移住者の山ちゃんこと、山本義樹さん。

子どもの頃はコンビニもファーストフード店も本屋もないような田舎は嫌だったといいます。大学進学を機に村を出て、公務員として就職後も最初の3年を除くほとんどの期間を村の外で暮らしてきました。

ところが盆・正月の帰省を繰り返すうちに「村に帰りたい」という思いが募っていき、48歳で仕事を辞め村にUターン。それと同時に、廃業していた両親の店を再開させる形で「お弁当・仕出し・食料品 山ちゃん」開業に至りました。

そんな、村への想いがとめどなく溢れ出る山本さんのレポートです。

投稿者:木村瑛美

なぜ南山城村で弁当屋をしようと思ったのですか?

以前から何度か村にUターンしようと考えたものの、様々な理由で戻れなかったという山本さん。「でも40歳超えて定年までを考えた時、自分で何かをしたいと思ったんです。大きな組織で仕事をしているとなかなか思い通りにならなかったり、決裁に時間がかかったりしますよね。個人だったらやれることは小さいかもしれないけど、やりたいと思ったらすぐにできる。あと10年働くんだったらそういう仕事をしたいなと。」

そして定年まで12年ほど残し公務員を辞めることを決意。以前は違う仕事でのUターンも考えていたそうですが、どうして弁当屋にしたのでしょうか?

「(両親が営んでいた/実家の)店は昭和初期に祖父が創業して、生鮮食料品、日用品等の販売、そして父の代からは自動車での移動販売や冠婚葬祭などへの仕出しも行っていました。今回Uターンを考えた時には両親が店を廃業していて、ときどき片付けに帰っていました。でも昔の物を整理しているうちに、祖父から数えて90年近く経つこの店を私の代でなくしてしまうのも忍びないなという気持ちが強くなってきたんです。」

もう一つの理由が、村のお年寄り達への想い。「村は車に乗れない高齢者には買い物とか不便なんですよ。母方の祖父母もバスもないところに住んでいて不自由していたのも見ていましたし。移動販売や、お弁当や惣菜の宅配があれば、単身のお年寄り世帯でも長く暮らし続けられるのかなという思いもありました。」

とはいえ以前から料理関係の仕事や勉強をしていたわけでもないそうで、「まあ、無茶ですよね」と苦笑いしながらも、この仕事を選んだところに家業や村への想いの強さを感じました。

 

村に帰ってきてどのように感じましたか?

村に帰ってきた時、近所の人が来てくれて、お祝いもしてもらった山本さん。でも30年ぶりに戻ってみて、昔に比べたらちょっと活気がないなと感じたそうです。

「隣にあった小学校がなくなったので、子供の声が聞こえなくて静かですよね。あと道を歩く人も少なくて、若い人を見ないのでちょっと寂しく感じました。静かでいいっちゃいいんですけどね、のどかだし。」

この時に感じた感覚が、山本さんのさまざまな想いへと繋がっているのかもしれません。

 

実際に弁当屋をはじめてみて、どうでしたか?

「当初はもう苦労の連続で、お弁当なんて作ったことなかったし、注文を受けたはいいが材料が足りなくなったり、お昼の配達に間に合わなかったりといろいろあって、毎日が必死でしたね。」

この4月(2018年)で丸2年になり、ようやく慌てることもなくなってきたという山本さん。やりがいは、お客様の声を直に聞けることだと言います。「移動販売や配達に行くと、高齢者の人から『家まで持ってきてくれて助かってる』って言ってもらえるのが一番嬉しいですね。面と向かって感謝される仕事ってなかなかないじゃないですか。」

山本さんのお弁当は、地元産材料にこだわって作られています。「野菜は、できるだけ村の直売所で仕入れたものや、村の農家から分けてもらったものを使っています。お米も契約している農家さんがいるので100%村産です。そうした方が村でお金が回りますもんね。」

ここにも南山城村やそこに住む人たちへの想いを強く感じました。

「お弁当だけじゃない」山ちゃんの想い

「弁当屋 山ちゃん」の店内を見回すと、レジやお食事用のテーブルや椅子の他に『ご自由にお使いください』と張り紙をしたマッサージチェアや血圧計があったり、奥の部屋には漫画が自由に読める広い畳敷きのスペースがあったりします。そんな弁当屋らしからぬ仕掛けの裏には、いったいどんな想いが込められているのでしょうか。

まず、マッサージチェアや血圧計はお年寄りが来てくれるきっかけになればと、漫画は本屋がなくていろんな本が読めなかった自分の経験から子供が来てくれればと、置いているのだそうです。

次に、私たちにゆず茶を出してくれた湯飲み。「これは村に移住されてきた陶芸家、トロッピカル窯さんで焼いてもらったもので、他にランチプレートもあります。もっと観光客が店に来てくれるようになったとき『南山城村にはこういうのを焼く工房があるんだ。じゃあ行ってみようか。』となったらいいなと。」移住者同士のコラボレーションからまた新しい展開が生まれてくるのも面白いですね。

他にも、この3月から先生を呼んで始めるという煎茶道の教室。「村の中って習い事があまりないでしょ。私が子どもの頃だったらそろばんに習字、サッカー、剣道、野球他いろいろあったんですけどね。お茶どころだし、子供だけじゃなく大人にも体験してもらえたらと・・・」

さまざまなアイデアを実行されている山本さんですが、今後はお店をどのようにしたいと思っているのでしょうか。

「夢は、この仕事をもっと大きくして、村の働く場を増やすことに貢献したいと思ってるんですよ。お弁当の仕事が増えたら米や野菜をたくさん使えるし、農家のためにもなるでしょうし。生活できる仕事があれば、Uターンも含めて村に来てくれる人が増えると思うんですよね。」

「あれもこれもとやりたいことがいっぱいでごった煮みたいになって。」とご本人は謙遜されていましたが、「弁当屋 山ちゃん」は、今、村に人が集まり、より活気づくような仕掛けとなる場作りの真っ只中なのだと思いました。

 

山ちゃんのお弁当
https://www.yamachan-bento.com/

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

美味しそうなお弁当はご夫婦の心がこもった手作り。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

イラスト入りの車で配達にも応じます。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

近隣の釜で焼いてもらったという湯飲み

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

年配の方が来るきっかけになればとの願いを込めて置かれたマッサージチェア

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

奥の縁側でお弁当を食べる事もできます。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA奥の部屋には大量の漫画をとりそろえています。

pagetop
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。